みんなから反感買いながらも謝罪もなにもしなかったA子さん。

さて、その心理は?

 

 

 

 

いつものごとく、まったく自分が原因だとも、なぜみんなが怒ってるのかともわかっていないようです。


 

なにが起こったのか?わかっていない。

なにが悪いのかわかっていない。

相手が叱るというその感情が理解出来ない。

自分はわざとじゃない。

それらのことを考える前に、叱られたことで頭が混乱。

相手だって、自分の気に障ることを言う場合があるのに、どうして自分ばかり責められるの

自分には、○○という理由がある。理由があるから謝らない。

心のこもらない謝罪なんか受け取ってもそっちもうれしくないでしょ?

自分は、心から悪いと思えない(思わない)から謝らない。

儀礼的に謝れる健常者の方が、おかしい。

 

 

通常、そうして叱責した(非難や咎めた)人間を悪くすることによって、自分を守りたい気持ちが働くのは誰にでもあることですが、

叱責した人間が悪い=だから自分は悪くない…ではないんですよ。


ついつい、

相手が悪い→相手が100%悪い→だから自分は悪くない

にしたいところですが、それと自分がしたこととは別!

 

ところがですね。

私が知ってる何人かの当事者のケース。

(いえ、自閉症当事者にかぎらないことかもしれませんが)

叱責した相手も悪い!となると、相手が100%悪い!だから自分は悪くない にしちゃいたいが見られた。

この辺は、よく言う自閉症者の「0か 100か」ですね。


 

こうして、叱責されると

「こんな風に言わなくたって…」

「どうするのと言われても…」

「こんな叱り方する先輩が悪い。もっと違う叱り方ってあるでしょ」

と、ムッとします。 (それは発達障害者じゃなくてもある)

そこで、「こんな叱り方する先輩が悪いから、自分は悪くない!」にしてしまう…。

 

 

 

とすると、先輩が

「自分が悪かったわ」

なんていおうものなら、

「そうか、じゃ、先輩が悪い」

なんてことも…。


 

 

 

先に誰かが謝ったから、何人も謝る必要はない。

と、考えてみたり、

 

 

 


 

となるともう、

「お母さんが、『勉強しなさい』って言うから勉強する気なくなっちゃったー。本当は勉強するつもりだったのにー」

というのと同じ理屈。

 

誰かが先に謝罪しちゃった。

「ふん!いい子ぶってあんたが先に謝罪しちゃたら、私が謝りにくいじゃん。なんかとってつけたように、そのあとから頭を下げるのもどこで出ていいかわかんないわ!

なんてとこかもしれません。

なら、いの一番に謝罪すればいいでしょ?なのかもしれませんが、その一番目…というのも、タイミングがわからない。

じゃあ、二番目…となると、今度はそれはそれでタイミングがわからない。

人のあとに(この場合、先輩の後に)続いていいものなのかもわからない。

しまいには、

 

と、いうような

そこまでお膳立てしてくれないとなんにもできないのかー?

というようなことまで、

「相手がしてくれないから、悪い」

になったり…。


 こうしたことは自閉症者に限らずあるけれど、

人間の本来もってるもののシンプルなとこが核としてあるから、自閉症者の場合はとくにそれがクローズアップされやすいとこだと思います。

小さいものを大きく感じてしまうのも自閉症者の特徴だけれど、その人自身も核の部分を大きく見せてしまうんでしょうね。

 

まとめると、

叱責されたときは、たしかに相手の叱り方・注意のしかたに問題がある場合もある。

だからといって、本人がまったく悪くなくなる、罪がなくなる、というわけではない。


ということですね。

 

 

ただ…。

私は何度かこうした「自閉症者の謝れない」について記事にしてきたことがあるんですが、

「謝ればいいってもんじゃない」ってことは、書いてきてないんですよね…。


発達障害当事者には、きちんと「謝罪する」という礼儀を教わって、それが身についている人も当然いらっしゃいます。

しかし、身についている…というより、ソーシャルスキルとして、知識として脳に入ってる…という状態だけの人もいます。

また、自分に自信がないために、謝り倒してばかりいる人もいます。

 

 

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